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京都地方裁判所 昭和44年(む)29号 決定 1969年4月03日

主文

原裁判はいずれもこれを取消す。

本件接見禁止等の請求はいずれもこれを却下する。

理由

一、本件各準抗告の申立ならびに接見禁止等の請求の趣旨、理由は、いずれも別紙第二ないし第四の準抗告申立書、準抗告申立理由追加書、接見禁止等請求書と題する書面に記載のとおりである。

二、一件記録によると、昭和四四年三月二四日京都地方検察庁検察官から京都地方裁判所裁判官に対し、被疑者らはいずれも別紙第五に記載の各被疑事実を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ刑事訴訟法六〇条一項二号、三号に該当する理由があるからとして、各被疑者につき勾留請求がなされ、あわせて罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとして各被疑者についての接見禁止等の請求もなされたところ、右裁判官は同月二五日、刑事訴訟法六〇条一項各号該当の事由がないとして右各勾留請求を却下し、従つてまた右各接見禁止等の請求についてはこれを判断するまでもないものとして処理したことが明らかである。

三、そこでまず各被疑者らが本件各被疑事実を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるか否かの点であるが、被疑者渡辺哲雄、同奥宮祐正の両名が別紙第五に記載の(五)の被疑事実を犯したという点については一件記録中に何らの疎明も認められないが、その余の点について、各被疑者らの黙否ないし否認にもかかわらず、一件記録に徴し各被疑者らがそれぞれ各被疑事実を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるものと認めることができる。

四、次に、各被疑者らにつき刑事訴訟法六〇条一項各号該当事由の有無を検討する。

1  はじめに、各被疑者らが罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由の有無につき判断する。

イ、一件記録によると、本件各被疑事件はいずれもいわゆる医局制度のあり方などをめぐる京都府立医科大学内部における学園紛争、さらには現在全国各大学においてみられる一連の大学紛争などを背景とし、学生・研修医などを中心とした多数人の集団による組織的、計画的な犯行ではないかと認められ、従つてそれらの集団ないしは組織の実態と本件各被疑事件との関連、本件各被疑者らの集団ないしは組織内における地位、本件各被疑事実についての共謀の日時、場所、内容、参加者、本件各被疑者の関与の程度などの点はもちろん、本件各被疑事実に関する実行行為の具体的状況、本件各被疑者の右実行行為への関与の程度などの諸点についても捜査の必要性があるものと認められ、そのためには本件各犯行に関与したと思われる学生その他の関係者、各犯行における被害者、目撃者などの取調べも必要と考えられるところ現段階までの捜査の状況は大学構内や各被疑者宅などの捜索に基づく物的証拠の収集は一応完了していると認められるけれども、前述の如き参考人らの取調は、一部の参考人に対するもののみが司法警察職員によつて行われたにすぎず、検察官による取調は全く行われていない実情にある。しかして本件各事案の性質、各事件発生以来今日までの日時の経過、捜査遂行上における密行性などの技術的要請等の諸点に鑑みるときは、捜査の実情が右の如き程度にしか進行していないとしてもやむをえないところと認められる。

ロ、前述の如く本件各事案の真相を究明し、各被疑者らに対する適切な処分を決するためには本件各被疑事件につき何らかの知識を有すると思われる参考人から適正な供述を得ることが必要であるところ、右の如き捜査の現状に照らすときはこれらの参考人に対する不当な働きかけはなお防止しなければならない段階にある。

しかして本件各被疑事件はいずれも各被疑者らを否む学生らの側が自らの要求実現をめざし教授等の大学当局者に対しいわゆる大衆団交を求め自己批判を迫まつていた過程においてくりかえし敢行されたというその発生前後の経緯、本件事件のうちことに監禁被疑事件の如きは五〇数名の学生らが共謀して教授等の大学教職員を昼夜も問わず監禁したうえ自己批判を迫つたという事案であり、その余の被疑事件というも教職員を逮捕したり大学当局者の退去命令をも無視して大学内の建造物に侵入してはこれを損壊するという事案であり、被疑者らを含む学生集団のかかる一連の過激な行動により、被疑者である教職員のうちには病に倒れ、さらには被疑者ら学生の言動を恐れて自己の所在場所をかたく秘したり、後難を恐れて捜査当局の取調にも応じない者も続出している実情にあること、このほか本件各被疑者らがいずれも自治会ないしは青医連などの活動に積極的に参加しその集団内においても会員の力を糾合しうるような地位にあるとうかがえること等の諸点を総合して考えてみるときは、今ここで被疑者らの身柄拘束を解くということになると、前述の如き本件各犯行の被害者ないしは目撃者である大学教職員らに対する働きかけによつてその者達の適正な供述を曲げさせるなどの罪証隠滅のおそれが本件各被疑者らについて存するものと認めるのが相当である。

ハ、なお検察官は、本件各被疑者が本件各犯行に関与した学生らと通謀することによつても前記イに記載した如き諸点についての罪証が隠滅されるおそれがあると主張するけれども、仮にそのような関係学生達が捜査当局の取調べ等に際し事実を供述しないなどのことがあるとしても、それは本件各被疑者らとの通謀に基づく結果というのではなく、当該学生自らの物の考え方ないしは信念ともいうべきものに基づく結果そのような態度に出るのだと考えるのが相当であるから、本件各被疑者らにつき右の如き関係学生との通謀による罪証隠滅のおそれがあると認めることは相当ではない。

2  次に、各被疑者らが逃亡すると疑うに足りる相当な理由の有無につき判断する。

検察官は、本件各被疑者らとともに本件各犯行に関係したと思われる関係学生らのうちに現に逃亡中の者がいることを以て本件各被疑者らについても逃亡するおそれがあると主張する。

関係学生のうちに逃亡中の者がいることは一件記録によつてこれを認めることができるけれども、そのことを以て直ちに本件各被疑者らについての逃亡のおそれを認定することは、各被疑者が逮捕されたときの状況に照らしても、少しく速断しすぎるというべく、むしろ、一件記録によつても明らかな如く、被疑者らがいずれも京都府立医科大学に籍をおく学生又は研修医であること、すでに捜査官に対し本籍、住居などの身上関係についてもこれを明らかにしており、捜査官の方でもそれらの点につきほぼ確認済であることなどの諸点に照らすときは、本件各被疑者らが捜査当局の出頭要求をことさらに拒絶して逃亡を企てると疑うに足りる相当な理由であると認めるのは相当ではない。

ただ被疑者水黒知行については、同人が現在執行猶予中の身であるなどの点に鑑み、今ここで身柄を釈放するにおいては逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるものと認められる。

五、なお、本件各犯行の性質、態様、前後の経緯、その他諸般の事情を考慮するときは、各被疑者らにつき、いずれも勾留の必要性もあると認められる。

六、そうであるとすると、本件各勾留請求を却下した原裁判はいずれも失当であるから刑事訴訟法四三二条、四二六条によりこれを取消すべきである。

七、次に、検察官の接見禁止等の請求につき判断する。

1  検察官は本件各被疑者らに対する勾留請求をなすと同時に、各被疑者らに対する当庁昭和四四年(む)第一二〇号ないし第一二六号の接見禁止等の請求をなしていたところ、原裁判官は各勾留請求却下の裁判をなした関係上、右接見禁止等の請求については、いずれもこれを判断するまでもないものとして処理したことは前述のとおりである。しかしながら先に見た如く、各勾留請求を却下した原裁判はいずれもこれを取消すべきものである結果、右各接見禁止等の請求は依然としてその効力を持続しており、従つて裁判所または裁判官としてはこれに対する判断を示すべきものと思われる。

2  そこで、まず右各接見禁止等の請求につき判断する。

検察官は、右請求の理由として、本件各被疑者らにつき罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると主張している。

ところで、当裁判所も、前述した如く、本件各被疑者らにつき、いずれも罪証隠滅のおそれがあると認めるものではあるが、それは前記四1ハの如き意味における罪証隠滅のおそれというのではなく前記四1ロの如き意味における罪証隠滅のおそれということであるから、そのような罪証隠滅のおそれは、本件各被疑者らを勾留することによつて十分にこれを防止することができるのであつて、なおそのうえに各被疑者らにつき、接見禁止等の処置をも措らなければ防止できない性質の罪証隠滅のおそれとは認められないものである。その他本件各被疑者らにつき、接見禁止等の処置を措るべき理由も存しないから、検察官の右各接見禁止等の請求はいずれもその理由がないものとしてこれを却下すべきである。

3  なお検察官は本件準抗告の申立をなすと同時にあわせて当庁昭和四四年(む)第一二八号ないし第一三四号の接見禁止等の請求をもなしている。

しかしながら、右請求はいずれも前記の当庁昭和四四年(む)第一二〇号ないし、第一二六号の接見禁止等請求との関係で二重請求になるから不適法な請求であるというべく、かつまた不服申立についての判断をなすべき準抗告審においてそのような新たな請求はなしえないという意味においても不適法な請求であるというべきであるから、いずれもこれを却下すべきものである。

よつて、主文のとおり決定する次第である。(森山淳哉 西川賢二 栗原宏武)

別紙、第一、第二、第三、第四、第五<省略>

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